東海道を歩く|草津宿〜石部宿①〜何も起きない東海道〜

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今回は草津宿から石部宿を歩く。

草津宿は自治体をあげて、東海道とその周辺の保全に取り組んでおられるのを感じた。

雰囲気のいい道が続き、どこを歩いても楽しかった。

奥が草津本陣

草津宿は何といっても草津本陣が必見だ。現存する本陣の中でも最大級とのこと。係の方が案内してくださる。

本陣とは幕府の御用人か、身分の高い人がお泊まりになる高級ホテルのようなもの。

当時、本陣の入り口にはどなたがお立ち寄りになるか、毎日木製の看板が掲げられた。

これは宿が用意するのではなく泊まる人自身が用意する。

「◯◯殿 御休」

「◯◯少将 宿」

「◯◯守 泊」

木札にはこのように書いてある。御休は立ち寄って休憩のみ。宿は素泊まりで食材を持ち込んで自炊する。泊は宿が用意する食事付き。

自炊は節約のためではなく、やはり高貴なお方は口にするものも用心せねばならぬ(毒とか)、ということらしい。

本陣の中は刀を振り回さないように、鴨居が低く作られていた。現代人は頭を下げて部屋に入らないとぶつけてしまいそうだ。

上段の間は一番偉い人が泊まる部屋。お風呂、トイレ付き。そういえば本陣の前に立ち寄った草津宿街道交流館の展示に、本陣で使われていたという可愛い子犬のふすま絵(複製)があった。

本陣で「あっちで見たふすま絵は円山応挙か」と質問している人がいて、聞き耳を立てると「応挙、と言われています」と案内の人が答えておられた。

本陣だもんなぁ。ありえる、ありえる。

本陣を出ると道の先に灯籠と組み合わさった追分の道標が見えてくる。

中山道と東海道の分岐点。たいへん賑わう場所であったことが想像できる。

左手が中山道、右手が東海道

それゆえ浮世絵にも描かれており、中山道側からの絵と東海道側からの絵がある。

木曽海道=中山道

どっちの絵にもこの道標が書き込まれている。道標が主役なのは分かるが、町並みが妙に低い位置に描かれていることにお気づきだろうか。

この地を流れる草津川はいわゆる天井川で、この絵は周囲の土地よりも高い位置に川が流れている様を描いているわけだ。

昔はこの道路が川だった

土手の反対側から街を臨む

草津宿を抜けるだけで予想以上に時間が過ぎていた。

さて、お昼にする。

姥が餅(うばがもち)は東海道を通る人々に愛されてきた草津の名物。いわゆる、あんころ餅で歩き疲れた体にあんこの甘さが染みる。

このうばかもちやに併設された宿場そばが今日のランチ。お店自体も趣があって気分が上がる。デザートに姥ヶ餅がひとつ付いてきた。

腹ごしらえが済んだら目川の立場に向かう。

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